日日遊心

幸田露伴の歴史小説【運命】の現代語勝手訳その他。Done is better than perfect.無断転載お断り。

幸田露伴「運命」7

女仙外史の名は其の実を語る。主人公月君、これを輔くるの鮑師、曼尼、公孫大娘、聶隠娘等皆女仙なり。鮑聶等の女仙は、もと古伝雑説より取り来って彩色となすに過ぎず、而して月君は即ち山東蒲台の妖婦唐賽児なり。賽児の乱をなせるは明の永楽十八年二月にして、燕王の簒奪、建文の遜位と相関するあるにあらず、建文猶死せずと雖、簒奪の事成って既に十八春秋を経たり。賽児何ぞ実に建文の為に兵を挙げんや。たゞ一婦人の身を以て兵を起し城を屠り、安遠侯柳升をして征戦に労し、都指揮衛青をして撃攘に力めしめ、都指揮劉忠をして戦歿せしめ、山東の地をして一時騒擾せしむるに至りたるもの、真に是れ稗史の好題目たり。之に加うるに賽児が洞見預察の明を有し、幻怪詭秘の術を能くし、天書宝剣を得て、恵民布教の事を為せるも、亦真に是れ稗史の絶好資料たらずんばあらず。賽児の実蹟既に是の如し。此を仮り来りて以て建文の位を遜れるに涙を堕し、燕棣の国を奪えるに歯を切り、慷慨悲憤して以て回天の業を為さんとするの女英雄となす。女仙外史の人の愛読耽翫を惹く所以のもの、決して尠少にあらずして、而して又実に一篇の淋漓たる筆墨、巍峨たる結構を得る所以のもの、決して偶然にあらざるを見る。

 


女仙外史の題名はその内容を語っている。主人公月君、これを補佐するの鮑師、曼尼、公孫大娘、聶隠娘等皆女仙(女の仙人)である。鮑聶等の女仙はもともと伝説雑記からもってきて脚色したに過ぎず、月君というのは実は山東蒲台の妖婦であった唐賽児である。賽児が戦乱を引き起こしたのは明の永楽一八年二月で、燕王の簒奪、建文帝の譲位と関係はなく、建文帝がまだ死んでいないといっても、簒奪が成ってからすでに一八年も経っている。賽児が建文帝のために挙兵したなどとはとても思えない。ただ一人の婦人の身で兵を集め城を落とし、安遠侯の柳升をして戦いに身を投じさせ、都指揮の衛青をして撃退するに躍起とならせ、都指揮の劉忠を使って戦死させ、山東を一時騒乱に至らしめたのであって、まことに小説の題材としてはうってつけである。これに加え賽児が洞察力に優れ、幻術を操り、天書と宝剣を入手して、布教するのも、まさに小説の格好の材料になった。賽児のあげた実績はこんな風であった。これを題材として借用し建文帝の譲位に涙し燕棣の国を奪ったことに歯を食いしばり、世を嘆いて元の世に戻そうとする女英雄としたのである。女仙外史を人が愛読した理由は決して少なくはなく、筆に勢いがあり抜きん出た構成をなしているのは決して偶然ではない。