日日遊心

幸田露伴の歴史小説【運命】の現代語訳、読書日記その他。Done is better than perfect.無断転載お断り。

2022年4月読書日記

4月22日(金)・英語のハノン7.5の復習と7.6。 ・昨日は珍しく雨だった。庭木の上でスズメたちがそぼろ雨の中鳴きながら枝から枝へ楽しげに飛び移っていた。そんな風に鳴くのは求愛だの警告だのと聞いたことがある。でも僕には「雨に歌えば」を歌いながらスキ…

2022年3月読書日記

3月31日(木) ・今日で三月も終わり。読書はそれほどしてないが、特にやり残したことはないかな。・NHK古典講読『紫式部日記』朗読36回、【五十日の祝い・若紫】。セクハラだ〜っ。右大臣藤原顕光この時65歳、酔っていたとはいえ千年後の今日に至るまで醜態を…

2022年2月 読書日記

2月28日(月) ・『紫式部日記』第20回朗読。「あなかしこ」の辺りはユーモラスに読んだつもりだがはてさて。次からは紫式部日記(8)【舟遊び・七日の産養】。 ・【楽語薬語】に「先割れスプーン」「フォーク並び」を追加。後者のフォークへの見立てはうまい…

老くじらの最期

(中年のくじら) 爺さんあんたはもう歳だ、ふさぎこんでため息ばかり ろくに動きもしやしない 昔は四海を股にかけあっちへこっちへ旅してた 北の果てから南の果て 東の果てに西の果て 行ったことない場所なんてなかったもんさ シャチどもに囲まれて戦ったこ…

車輪虫

おいきゅうりはどこにいった その日散歩から帰ってきた柏原は妻に尋ねた きゅうり? 流しで朝食の準備をしていた留美は振り向いた 前にここにたくさんあったろ どこにいったんだ もう全部漬けちゃったわよ 明日にはおいしく食べられるけど なんで? 柏原は答…

2022年1月 読書日記

1月31日(月) ・山本七平『日本はなぜ敗れるのか──敗因21カ条』をちまちまと。 1月30日(日) ・『ラブアクチュアリー』、どうも米国人女性の描き方が好きになれない。ほとんど何もしてないのに英国人だからという理由であんなにモテまくることってあるんかい。…

2021年12月 読書日記

12月31日(金) ・『薔薇の名前』第六日朝課。また犠牲者。これは流石に酷すぎる。ウィリアムさっさと手を打たないと。なんでもいいいから止めなさいよ。 ・【日本人は、なぜ年越しそばを食べるのか? 各地のそばに込められた意味とは】 https://weathernews.j…

【童話】ぽんぽこ

定吉じいさんの家の玄関前にはたぬきの置き物がおいてありました おじいさんの腹の高さほどもある大きなたぬきで笠をかぶって右手にとっくり、左手に帳面をもっています そうして少し首をかしげてまん丸い眼をいつも驚いたようにあけて立っていました この大…

2021年11月 読書日記

2021/11/30 ・『高野聖』朗読27回目最終回。今回はいつもより長めで11分近く。いやあ色々あったけどなんとか完走できてほっとした。充実感。良かったら聞いてみて下さい。 https://note.com/eclogue1/ 青空文庫『高野聖』 https://www.aozora.gr.jp/cards/00…

幸田露伴「運命」51

【訳】 魏国公・徐輝祖は投獄されたが屈せず、武臣はみな帰服したのに輝祖は最後まで永楽帝を戴こうとしなかった。帝は大いに怒ったが元勲であり国舅なので死刑にすることはできず、爵を取り上げて私邸に幽閉するだけとなった。輝祖は建国の大功臣であった中…

【書評】奇面館の殺人(綾辻行人)

つまらなくはなかったが、途中で冗長さを感じ駆け足に。 この作者のミステリは以前「十角館の殺人」を読んだがそっちの方が衝撃的で面白かった。 ミステリ好きならこう考えるということを否定して謎を深めていくのはこの人のスタイルなのか。 (一ヶ月ほど前…

Newton2021年9月号特集「科学の名著」

科学の名著100冊が紹介されてる。「星を継ぐもの」「夜来たる」「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」といったSF、「火の鳥」「宇宙兄弟」「はたらく細胞」等の漫画も。 とりあえず興味を引かれたのをランダムに並べる。 カラスの教科書。πの歴史。零の発見…

【書評】危険な世界史(中野京子・角川書店)

・危険な世界史(中野京子・角川書店)のレビュー。 18-19世紀の西欧史の面白くちょっと怖い?エピソード集。同じ著者の「怖い絵」のようなドロドロした歴史ミステリ風味を勝手に期待していたのでちと拍子抜け。しかし史眼の確かさや語り口の巧さは健在。パラ…

幸田露伴「運命」50

【訳】 歴史を繙き、戦争のことを記すことにも疲れた。 燕王は挙兵から四年、ついにその志を果たした。これは天意か、人望か、運命か、勢いか、それとも必然の理があったのか。 鄒公瑾ら十八人は殿前において李景隆を殴って半死半生にしたが、なんの益にもな…

幸田露伴【運命】49

【訳】 五月、燕兵は泗州に至った。守将の周景初は降伏した。燕軍は進んで淮河に着いた。盛庸はこれを防ぐことができず、戦艦はみな燕の得るところとなり、盱眙も陥落した。燕王は諸将の建言を排してすぐに楊州に赴く。揚州の守将の王礼と弟の宗は監察御史の…

幸田露伴【運命】48 「霊璧の戦い」

【訳】 こうして対陣し日を重ねるうち、南軍に食料が大量に輸送されるとの知らせが入った。 燕王は喜んでいった、敵は必ず兵を分けてこれを守るだろう、兵が分かれて勢いが弱くなったのに乗じれば支えることなどできはしないといって、そう言って朱栄、劉江…

幸田露伴【運命】メモ

・兵力、物量のいずれにおいても燕王軍を凌いでいた明軍が燕軍に敗れ、永楽帝のクーデターが成功した理由として、皇帝側には洪武帝時代のたび重なる粛清で有能な将軍が少なかったためと言われる。燕王側は北方のモンゴルに対する防備に従事していた精鋭軍で…

幸田露伴【運命】47

【訳】 燕軍の戦況は芳しくなく、王も甲をつけたまま数日起居したというものの、将兵の心は一つとなって士気は上がった。それに対し、南軍は連勝したにもかかわらず、士気は下がった。 天意と言うべきか、それとも時運と言うべきであろうか。燕軍が連敗した…

幸田露伴【運命】46

【訳】 ここにおいて南軍は橋南にとどまり、北軍は橋北にとどまり、対峙して数日すると、南軍は兵糧が尽きて、蕪を採って食べはじめた。燕王はいった、南軍は飢えたぞ、さらに一二日して食糧が集まったらこれを破るのは簡単ではない。 そこで千人余りの兵で…

幸田露伴【運命】45

【訳】 建文四年正月、燕の先鋒・李遠は徳州の副将であった葛進を滹沱河に破り、朱能もまた平安の将・賈栄らを衡水に破ってこれを捕虜にした。 燕王はすぐに館陶より河を渡って東阿を攻め、汶上を攻め、沛県を攻めて攻略し、ついに徐州へ進み城兵を威して出…

幸田露伴【運命】44

【訳】 燕王が挙兵して既に三年、戦いに勝ったといっても、得たのは永平・太寧・保定だけで、南軍は出没して止むことがなく、いったん得てもすぐに棄てなくてはならないことも多く、死傷者も少なくなかった。 燕王はここにおいて、ため息をついて言った、毎…

楽語薬語

(随時追加) ・余勢を駆る(よせいをかる) 何かをやり遂げた勢いに乗って別のことをやり遂げようとする。はずみに乗じる。 「予選で大勝した余勢を駆って一気に決勝戦まで勝ち進む」 ・随伴(ずいはん) ❶供としてついていくこと。また、供として連れてい…

幸田露伴【運命】43

七月、平安は兵を率いて真定より北平に到り、平村に止営した。平村と城との距離は五十里にすぎない。 これを知った燕王の世子は危険を知らせた。燕王は劉江を召して策を問うた。劉江は兵を率いて滹沱河を渡り、旗幟を張り、たいまつを挙げ、大いに軍容を盛ん…

幸田露伴【運命】42

【訳】 四月、燕兵は大名に駐留した。 燕王は斉泰と黄子澄が退けられたのを聞き、書を奉って呉傑、盛庸、平安を召還せられるようにと乞い、そうしなければ撤収はできないと言った。 建文帝は大理少卿・薛嵓を使いにやって、燕王とその将兵たちの罪を許し本国…

幸田露伴【運命】41

【訳】 旗は世子のもとに届いた。 この時、降将の顧成がその場にいて旗を見た。 顧成の先祖は船頭であった。 顧成は偉丈夫かつ勇敢で、怪力の持ち主であり、全身の花文は異様で人を驚かせた。 太祖に従い、そのそばを離れなかった。 昔太祖に従った時、その…

🌟幸田露伴『運命』について

・『運命』(うんめい)は、幸田露伴が雄大な叙事詩調で描く文語体の歴史小説。初出は雑誌『改造』1919年(大正8年)4月創刊号に掲載。 概説1398年、明朝の太祖洪武帝が崩じ、孫の建文帝が即位した。心やさしいが気弱な22歳の皇帝だった。 皇帝の地位安定の…

幸田露伴【運命】40

【訳】 呉傑、平安は、盛庸の軍の救援に向かおうとして、真定より兵を率いて出たが、あと八十里というところで盛庸の敗れたことを聞いて真定へ戻った。 燕王は真定の攻めがたいのをみて~と流言して、呉傑らを誘い出した。 呉傑らはこれを信じてついに滹沱河…

幸田露伴【運命】39

【訳】 燕王はついにまた軍を率いて出兵した。 将兵に諭していうには、戦場では死を怖れる者は必ず死に、生を捨てる者は必ず生き残る、おまえたちも力を尽くせ。 三月、盛庸の軍と來河で交戦した。 燕の将譚淵、董中峰らは南軍の将荘得と戦い死に、南軍はま…

幸田露伴【運命】38

【訳】 この戦いのはじめ燕王の軍が出発する際、道衍はいった、必ず勝ちます、ただ両日かかるだけです。 東昌から帰還すると、王は多くの精鋭を失い張玉が戦死したので少し休みたかった。 すると道衍はいった両日とは〜、東昌での戦いはもう終わりました、こ…

幸田露伴【運命】37 「東昌の激戦」

【訳】十二月、燕王は河に沿って南に下った。盛庸は兵を出して後を襲ったが及ばなかった。王はついに臨清に至り、館陶に駐屯し、次に大名府を奪いとり、方向を変えて汶上に至って済寧を奪った。盛庸と鉄鉉は兵を率いてその後を追い、東昌に駐屯した。このと…