日日遊心

幸田露伴の歴史小説【運命】の現代語訳、読書日記その他。Done is better than perfect.無断転載お断り。

幸田露伴【運命】48 「霊璧の戦い」

【訳】

こうして対陣し日を重ねるうち、南軍に食料が大量に輸送されるとの知らせが入った。

燕王は喜んでいった、敵は必ず兵を分けてこれを守るだろう、兵が分かれて勢いが弱くなったのに乗じれば支えることなどできはしないといって、そう言って朱栄、劉江らを遣わして軽騎兵を率いて糧道を切らせ、また遊騎兵で採薪を妨げ混乱させた。

何福は営を霊璧に移した。

南軍の兵糧は五万、平安は馬歩六万を率いてこれを守り、兵糧を背負う者をその中にいさせた。

燕王は壮士一万人を分けて敵の援軍を遮り、子の高煦に兵を林に隠れさせ、敵が戦って疲れたら出て攻撃しろと命じて、自ら軍団を率いて迎撃し騎兵を両翼とした。

平安は軍を率いて突撃し、燕兵千人余りを殺したが、王は歩兵を指揮し猛攻、その陣を横に貫き、分断して二つに分けたので南軍はついに乱れた。

何福らはこれを見て平安と合流、燕兵数千を殺してこれを退けたが、高煦は南軍の疲れたのを見て林間より飛び出て、意気軒昂に攻撃し、王も兵を返し追い討ちをかけた。

ここにおいて南軍は大敗し、殺傷された者は一万余り、馬三千頭余りを失い、食料は全て燕軍に奪われた。

何福らは残った兵を率いて営に入って門を閉じて固く守った。何福がその夜命令して言うには、明朝砲声を三回聞いたら包囲を突いて出て~

しかしこれまた天か命か、翌日燕軍は霊璧の営を攻めるのにあたって、燕兵が偶然三回砲撃した。

南軍は誤ってこれを自軍の砲声だと勘違いし、争って急に門に向かったが、もとより自軍の号砲ではなかったので門は塞がっていた。

前の者は出ることができず、後ろの者は急いで出ようとする。営の中は乱れ、人馬が転倒する有様となった。

燕兵はこれを急襲し、ついに営を破って迅速に囲み、攻撃した。

ここに至って南軍は大敗を免れなくなった。

宗垣、陳性善、彭与明は死に、何福は逃げ去り、陳暉、平安、馬溥、徐真、孫晟、王貴らは皆捕らえられた。平安が捕縛されると、燕の兵たちは歓呼してその声は地を揺るがした。兵たちが言うには、これからは楽に戦えるだろう。そうして口々に平安を処刑するよう王に求めた。それというのも平安が多くの燕兵を殺し、数人の勇将を斬ったからである。だが燕王は彼の武勇を惜しんで殺すのを許さなかった。

王は平安に問うていった、淝河での戦いでもし貴公の馬がつまずかなかったら私をどうしていたか。

平安はいった、殿下を刺すことは朽ち木をくだくほど訳のないことだったでしょう。王は大きく息をつき言った、高皇帝はうまく壮士を養いなされたものだ。

王は勇士を選んで平安を北平に護送し世子に見守らせた。平安はその後永楽七年になって自殺した。平安らを失ってから南軍の勢いは大いに衰えた。

黄子澄は霊璧での敗北を聞いて、胸を叩き慟哭して言った、

大勢は決した、私は万死に値する、国を誤らせた罪を償うことはできない。

※訳文中の〜は不明箇所。

 

【原文】

かくて対塁日を累ぬる中、南軍に糧餉大に至るの報あり。燕王悦んで曰く、敵必ず兵を分ちて之を護らん、其の兵分れて勢弱きに乗じなば、如何で能く支えんや、と朱栄、劉江等を遣りて、軽騎を率いて、餉道を截らしめ、又游騎をして樵採を妨げ擾さしむ。

何福乃ち営を霊壁に移す。南軍の糧五方、平安馬歩六万を帥いて之を護り、糧を負うものをして中に居らしむ。燕王壮士万人を分ちて敵の援兵を遮らしめ、子高煦をして兵を林間に伏せ、敵戦いて疲れなば出でゝ撃つべしと命じ、躬ずから師を率いて逆え戦い、騎兵を両翼と為す。平安軍を引いて突至し、燕兵千余を殺しゝも、王歩軍を麾いて縦撃し、其陣を横貫し、断って二となしゝかば、南軍遂に乱れたり。何福等此を見て安と合撃し、燕兵数千を殺して之を却けしが、高煦は南軍の罷れたるを見、林間より突出し、新鋭の勢をもて打撃を加え、王は兵を還して掩い撃ちたり。

是に於て南軍大に敗れ、殺傷万余人、馬三千余匹を喪い、糧餉尽く燕の師に獲らる。

福等は余衆を率いて営に入り、塁門を塞ぎて堅守しけるが、福此夜令を下して、明旦砲声三たびするを聞かば、囲を突いて出で、糧に淮河に就くべし、と示したり。

然るに此も亦天か命か、其翌日燕軍霊壁の営を攻むるに当って、燕兵偶然三たび砲を放ったり。南軍誤って此を我砲となし、争って急に門に趨きしが、元より我が号砲ならざれば、門は塞がりたり。前者は出づることを得ず、後者は急に出でんとす。営中紛擾し、人馬滾転す。燕兵急に之を撃って、遂に営を破り、衝撃と包囲と共に敏捷を極む。南軍こゝに至って大敗収む可からず。宗垣、陳性善、彭与明は死し、何福は遁れ走り、陳暉、平安、馬溥、徐真、孫晟、王貴等、皆執えらる。

平安の俘となるや、燕の軍中歓呼して地を動かす。曰く、吾等此より安きを獲んと。争って安を殺さんことを請う。安が数々燕兵を破り、驍将を斬る数人なりしを以てなり。燕王其の材勇を惜みて許さず。安に問いて曰く、淝河の戦、公の馬躓かずんば、何以に我を遇せしぞと。安の曰く、殿下を刺すこと、朽を拉ぐが如くならんのみと。王太息して曰く、高皇帝、好く壮士を養いたまえりと。

勇卒を選みて、安を北平に送り、世子をして善く之を視せしむ。

安後永楽七年に至りて自殺す。安等を喪いてより、南軍大に衰う。

黄子澄、霊壁の敗を聞き、胸を撫して大慟して曰く、大事去る、吾輩万死、国を誤るの罪を贖うに足らずと。