日日遊心

幸田露伴の歴史小説【運命】の現代語勝手訳その他。Done is better than perfect.無断転載お断り。

一杯の珈琲から

ソロキャンプの動画が好きでよく見る。

ソロキャンプの動画といっても様々だ。
厳冬の雪原の中のサバイバル色の強いもの。

食って飲んでのんびり一晩テントで過ごすだけのもの。
また日帰りの一人ピクニックみたいなのもある。
しかしこうした動画を見ているうちに自分の好きなそれには共通点がいくつかあるのに気づいた。
そのひとつはどれにも「コーヒーで一服」するシーンがあるということだ。
別にコーヒーを飲んでなくても良いなと思う動画はあるのだが、そうしたのはやはりどこか物足りない。
自分の好むソロキャンプ動画はきっとコーヒーを飲むシーンがあり、しかも飲むだけではなくて淹れるまでの過程をきちんと映してあるものばかりだ。
なぜだろう。
なぜ自分にはそうしたのが好きなのだろう。
自分がコーヒー好きなのもあるかもしれない
しかし好きといっても毎日欠かさず飲むほどではない。

週に数回ほどしかもインスタントだ。

その程度の「好き」なのにどうしてここまでコーヒーを飲むのが大事なのか。
考えていたら、あるときはたと気づいた。
自然に囲まれた中でコーヒーを作って飲むという行為こそ「自分時間」を演出するに不可欠だからではないか。
僕はキャンプをしたことがなく国内外の様々な動画をみるのが楽しみなのだがキャンプには本当に珈琲が似合う。
あの色や香り、それに苦み・酸味の味わいがまさにワイルドな周囲の風景によく溶け込むのだ。
一度外国の方だったが、鬱蒼とした森の中で珍しく紅茶を飲んでいる方があった。
使っていたのががっちりしたチタン製のマグカップで、そこにティーバッグを湯に浸けちゃぷちゃぷ揺すって飲んでいた。
それが見ていてどうも締まらない。
入れ物もそうだし、身につけている衣服や周囲に広がる野趣溢れる風景ともまるでそぐわないのだ。

紅茶はやはり室内ーそれも重厚な家具や調度品の置かれたそれーが似合う。

できればきちんとした恰好でクッキーなどを囓りながら高級なティーカップで優雅に啜りたい。

そんな風に見えたのは僕がめったに紅茶を飲まないことも一因なのだろうが、もしかしたら彼は紅茶を愛する生粋の英国人だったのかもしれない。

閑話休題

珈琲を飲むためには湯を沸かさねばならない。
動画を見てると外国だと水は現地調達で川や湖からというのが多い(テントを張る場合もその近くだ)気がするが、日本人だとたいてい持ってきたペットボトルの水だ。

次にコーヒー。
これはどんなのがいいか。
インスタントは安易すぎる。
ちゃっちゃと淹れてさっさと飲める。
ここではそんな手軽さはいらない。
時短は二の次だ。
だからといって豆から挽いていると時間が流石に時間がかかりすぎるし、これ見よがしに高価そうな機具を見せられでもしたらと興ざめである。
やはりドリップ式で適度に手間暇かかるのがいい。
はさみで袋の口を切って開けマグカップにセットする。
そのとき僕は(というか見てる大半の者がそうではなかろうか)あのコーヒーの香ばしいにおいを嗅いだような気分になる。
もうすでにこの時点で珈琲を味わっているのだ。
簡易コンロあるいは焚き火で、湯を湧かしてる間、カメラは周囲を映す。
木立や倒木、空にはゆったりと行き交う雲。
静かな中にも木々はざわめきどこかで小鳥の鳴き声も聞こえてくる。
こうしたものは最高のBGMである。
中にはずっと音楽を垂れ流しているものがあるがあれはいけない。
音楽入れないと見る者が退屈すると思っているのであろうが、かえって興を削いでしまう。


湯が湧いた。
開いたパックの口へ静かにゆっくり注ぐ。

八分目まで注いだら、しばらく待ってまた継ぎ足す。

この待っている時間もいいものだ。
袋をとると漆黒の液体が並々とコップに入っている。
そこから立ち上った湯気が森の空気の中にまろやかに溶けていく。
おもむろにカップの縁に口をつけまずは一口、ほっと息をつく。
砂糖もミルクも入れないのがいい。   
一杯の珈琲をじっくり味わっている間も川はせせらぎ雲は流れ鳥は囀る。
街にあるコマギレ時間とは違う時間がここにはある。
ーやっぱり来て良かった。
そう思うのは本人だけではない。
見ている僕もそう思う。
あたかも自分がそこにいて、入れ立てのコーヒーを味わっている気分だ。
そうしてこういった動画を見るのはやはり珈琲好きが多いのかと思ったりする。


飲み終わると撤収準備。
そう、一杯の珈琲を飲むためにだけここに来たのだ。
リュックを背負うと森を抜け、駐車してある車のもとへ。
かくして車は去り動画は終わる、シーユーアゲイン。
良かったなあ。
でも僕の指はいいねを押さない。
だってもうとっくに押してあるのだから。
そう、余計なBGMを使ってないとわかった時点で。


そろそろ寝るとしよう。